はじめに

「ニッポンに生まれてよかったなぁ」
そう、しみじみ感じられる家へ・・・

日本で暮らしているのに、
「海外」風の家や、
「国籍不明の近代建築」風の家に
住んでいないだろうか。

春夏秋冬、伝統文化、大工技術・・・

建築家 永井政光がつくる家、
それは、かつてはあたりまえだった
美しい日本の建築文化を軸に、

この国で上質に暮らせる
「現代版ニッポンの家」。

日本では、神様や位牌の数の単位を一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)というように柱で数えます。それだけ柱は古来から特別な存在でした。無数の名もなき木の柱によって支えられている建築の上部構造だけでなく、山や石などの八百万(やおろず)の大自然の神々や、無数のご先祖様が柱として今の日本の文化や歴史が支えられていると考えると、柱と名付けられた木材に支えられた伝統構法や在来工法に対する感じ方が変わるのではないでしょうか。

建築家 永井政光は、「海外風」「国籍不明な近代建築」を主軸とするのではなく、”日本を主軸”とした建築をめざしたい、という信念を持っています。つまり、ほんの100年前である1900年頃に完成した無国籍でグローバルな近代建築という様式や、異国である海外風という様式による幹からの枝分かれの先にある建築ではなく、1万5000年前から存在する縄文文化から始まり、伊勢神宮正殿や法隆寺、竪穴式住居、寝殿造、書院造、城郭建築、数寄屋建築、農家建築や古民家町家建築、昭和的建築などの、連綿としてつながる日本建築という幹の先にある現代建築をめざしています。そして、建築家 永井政光は2008年に永井政光建築設計事務所を開設して以来、その信念を一貫して持ち続け現在に至ります。

日本は明治維新により西洋を目指し、先の大戦の敗戦後、アメリカ的な家が大手ハウスメーカーにより日本国内で量産され、自国の文化に自信を失ってきました。しかし、日本は諸外国と比べて実はかなり長い歴史を持つ国であり、縄文時代から今日まで民族が入れ替わることがなかった希有な国でもあります。(※近年発達したDNA鑑定により、縄文人と現代の日本人は、中国人や韓国人が持っていないD2系統を持っているという研究結果となっています。)

民族が入れ替わっていないからこそ、万葉集などの古典に書かれている白木を愛してきた日本人趣味は、現在日本に住む国民と本質的に変わっていないのではないかと推測します。また、近年における建築史家の太田博太郎博士らの日本建築に対する俯瞰した分析なども参考に、古来の日本人趣味、つまり古来の日本人が何を好み、大陸から受け入れたものをどう日本流に変え、何をかたくなに守ってきたか等を紐解けば、現代における望ましい日本建築の在り方のヒントになるのではないかと考えています。

建築家 永井政光は、かつての日本人趣味や日本建築の変遷について深く学び、明治以前の長く芳醇な日本建築と言う名の幹の先にある、現代の価値観を取り入れた現代版の日本建築を生み出したいと考えています。

<NAGAIZMとは>
1万5000年前から存在する縄文文化から始まり、伊勢神宮正殿や法隆寺、縦穴式住居、寝殿造、書院造、城郭建築、数寄屋建築、農家建築や町家建築、果ては昭和的建築などの、縄文から連なる「日本建築」を幹とし、そこにモダンな手法や欧州のデザイン要素、さらには世界最先端のデザイントレンドや見逃されがちな数寄屋の名旅館に使われている小粋な和の要素などを建築家 永井政光の感性で”現代流”に一つの建築としてまとめた、その幹の先にあるもの …NAGAIZM